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震災で自衛隊は2万人もの人命を救った

2011-08-17 | 震災・原発 | By: sorakuma



テレビではほとんど報道されていませんが、自衛隊の救助活動についてです。
SAPIO(2011年8月17日発売 24日号)でこんな記事が取り上げられていませんでした。

【東日本大震災での自衛隊災害派遣活動実績】
(2011年3月11日~7月1日)

〈人員〉 のべ約981万4000名
〈航空機〉 のべ約4万6300機
〈艦艇〉 のべ約4560隻

〈人命救助〉 1万9286名
〈ご遺体収容〉 9500体
〈給水支援〉 3万2984トン
〈給食支援〉 471万5453食
〈入浴支援〉 97万2293名

派遣された自衛隊の人数は10万人ですから、1人につき100回は出動していた計算になります。震災からの日数を考えると、休みなく毎日です。

政策が右往左往し、原発の状況も不明、そしてなにより被曝の危険性も厭わずに自衛隊は7月までに2万人もの人名を救助していました。震災での死者、行方不明者は合わせると2万人を超える人数となります。自衛隊の多岐に渡る活動は滅多にテレビで報道されることはありませんが、彼らがいなければ、震災での死者は少なくとも倍となっていたかもしれません。



そして、自衛隊が震災で救ったのは人命だけではありません。

家族や恋人、友人の生死もわからない中、今まさに自分の生命すら脅かされている…そんな現実感のない状況で、自分たちへ差し伸べられる手がどれだけあたたかいものか、私には想像することもできません。

自衛隊宛の手紙をみると、その思いの一端を垣間見ることができます。

大川小の行方不明者捜索自衛官に勇気を与えた小学生の手紙

 * * *
 石巻を襲った津波による最大の悲劇の一つが大川小学校の壊滅だった。石巻市立大川小学校は、児童108人のうち74人が死亡または行方不明となった。学校周辺や校舎内では、自衛隊による必死の不明者捜索が行なわれ、瓦礫や汚泥が取り除かれた。そして震災から約1か月後。

「すいません!」

 4月6日、大川小学校近くの追波川河川運動公園に設けられた宿営地内を歩いていた第14戦車中隊(岡山)の石井宣広3曹は、突如、背後から声を掛けられた。

 その可愛らしい声の主は、ワンピースを着た小さな女の子だった。少女は、振り向いた石井3曹にこう言った。

「これ、読んでください……」

 石井3曹に封筒を渡した少女は、名前も告げずに走り去っていった。少女は、母親と思しき女性の運転する車でやってきて、偶然近くを歩いていた石井3曹に手紙を渡したのである。

 そこには、覚えたてのたどたどしい文字でこう綴られていた。

〈じえいたいさんへ。
 げん気ですか。
 つなみのせいで、大川小学校のわたしの、おともだちがみんな、しんでしまいました。でも、じえいたいさんががんばってくれているので、わたしもがんばります。
 日本をたすけてください。
 いつもおうえんしています。
 じえいたいさんありがとう。
  うみより〉

 石井3曹は込み上げるものを必死で堪えた。

「胸がいっぱいになりました……。あの頃は、発災から1か月が経とうとしており、疲れもたまっていたのですが、あの手紙で、『明日からも頑張るぞ!』と皆、勇気が湧いてきたのです。そして自分たちのやっていることが人々のためになっているんだ、とあらためて認識しました」

 その後、この手紙は第14旅団長・井上武陸将補の陣取る女川の指揮所に届けられ、たちまち各派遣部隊に伝わった。

 井上旅団長は言う。

「手紙を見た時は、もう体中の血が逆流するほどの思いでした。『よし、どんなことがあっても全員を捜し出すぞ!』という思いが漲ってきましたよ。うみちゃんは、どんな思いでこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと……」

 少女が自衛隊に寄せた『日本をたすけてください』という切実な祈りに全員が奮い立った。中には、手紙のコピーを手帳に挟んで災害派遣活動に励む隊員もいた。同県利府町の加瀬沼公園に宿営地を設営した北海道の第1高射特科群のある中隊指揮所にも、この手紙のコピーがボードに貼り付けられた。

 東日本大震災から49日目にあたる4月28日、飯野川第二小学校の体育館で、大川小学校の犠牲者の合同慰霊祭が営まれた。祭壇には74の可愛らしい児童の顔写真が並んだ。その中には、いまだ行方不明の6人の児童の写真もあった。

 その間も、第14旅団の隊員たちは、うみちゃんの手紙を胸に、行方不明の児童を捜し続けていたのである。

※SAPIO2011年8月17日・24日号

今回の震災対応で、亡くなった自衛官の方や、被曝した自衛官の方も多数いるのではないかと思います。
どれだけ素晴らしい活動を行っても、今のテレビやマスコミが大々的に自衛隊の活動を報道、賞賛することはおそらくないかもしれません。国と国たる国民を守るために粉骨砕身の努力を継続している、彼ら自衛隊の活動がなぜマスコミに取り上げられないかの意味を考えつつ、私たちは彼らの尽力に対し、正しくそれを知る努力をしなければなりません。

最後に、防衛大学の第一回卒業式にて、新任の自衛官に向けられた言葉を紹介します。

「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。
きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、 災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。
言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
どうか、耐えてもらいたい」

※ Naver まとめより

今まさに、自衛隊が国民から歓迎される事態を迎えている状況です。ですが、それすら報道されないというのは、それこそあまりに、と思うのは私だけでしょうか。
※同様に、アメリカ軍が行った人命救助作戦や各国からの支援に対し、政府がまるで足止めを行うかのように規制をおこなったことも、私の身のまわりで知っている人はほとんどいないようです。

せめてネットでは、国家と国民を守る自衛隊と、支援してくれた各国に対し、感謝の意を示したいと思います。
ほんとうに、ありがとう。

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