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チェルノブイリ・ハートをみてきました

2011-09-03 | 震災・原発 | By: sorakuma


『チェルノブイリ・ハート』をみてきました。
以前、このblogで内容を紹介したこともあり、今日こうして映画を観るまでもなく、どんな内容かは知識としては知っていました。

『1986年のチェルノブイリ原発事故。99%が汚染地域となったベラルーシ。障害を持つ新生児は実に8割以上。健常な新生児はわずか2割にも満たない。奇形と障害。子供たちを襲う甲状腺がん、心臓病。そして今なお汚染地域に住まう人々。』

たった1時間の映画です。しかし、それでありながら、あまりにも長い1時間でした。
見るのがつらいのです。ただ見ているだけなのに、そうしていることに耐えられず、必死で自分の体を掴んでいました。

闘病の意味すらわからないであろう、生まれながらにして脳の障害を持った新生児。
ベラルーシの個人に住む、捨てられた子供たちは、医療援助どころか親の愛すら得られることもなく、その生を過ごすのです。
脳を、頭を、腰を、手を、足を、それぞれの子供たちは、さまざまな奇形となって生きることも死ぬこともできず、ただ過ごしているのです。


この映像と同じ現実が、数年先の日本の一部、あるいはもっと多くの地域で起きるかもしれないということを、いったいどれだけの人がわかっているのでしょうか。
原発を推進している、推進したい人々は、自分や自分の子供達がいつか彼らと同じ苦しみを味わうかもしれないことを、少しも想像できないのでしょうか。原発は、あるいは放射能は安全だと主張している学者たちは、あるいは原発や除染作業から新たな利権を産み出そうとしている権力者たちは、ただ一度でいいからこの映像をみて欲しいのです。
その目を逸らさず、耳を塞がず、彼ら原発事故での被害者たちの苦しみを知ってほしい。
それでも同じく原発の推進を主張するのであれば、私は、それはもはや人間ではない、と思えます。

この映像は、原子力を有する、あるいは必要だと論じる全ての国家で、全ての国民に対して知らしめるべき内容です。内容の伴わない流行をつくろうとするバラエティ番組の代わりとして。あるいは、学校の授業、義務教育の一貫として。
日本人の大半は、某国で行われる反日教育を知っており、それに対して一定の見解を持っているかと思いますが、日本で教えられる原子力に対する必要性とは、実のところそれと同じくらい愚かな内容であると考えます。

Twitter上での噂であり真偽はわかりませんが、今の日本のテレビ番組では、芸能人やタレントが、『放射能』や『原発』という言葉を使うことができないそうです。学校などでも、同様にそんな言葉を使うと、たちまち教師が飛んできて叱責をする…ということもあるようです。
後ろめたいことがなければ、隠す必要はありません。そして、隠していれば消えてなくなるものでもないのですが。

先日、国内でも有名な新聞で、被ばく医療に貢献したとして、ある教授が表彰されていました。
…確かに彼は、がんの研究を飛躍的にすすめることでしょう。そこに住む200万人、あるいはそれ以上の人々の犠牲の上で。
私には、かの教授が人間を見ているとは思えません。そこに住む人々が、まさに生きた人間であるということを知っているとは思えません。
彼のような人は、このチェルノブイリ・ハートを見ても、『そこにある検体』としての価値観しか持たないのかもしれません。

福島に住まう人々、今まさに子を持つ親たち、それから、これから子供を持ちたいと思う人たち。
どうか、映像でチェルノブイリ・ハートを知ってほしいと思います。
そして、原発がいずれもたらす災厄と、人としての存在を、故郷を失ってしまった人々のことを知ってほしいのです。
それが、今まさに私たちの身に降りかかろうとしていることを、知ってほしいのです。

チェルノブイリ・ハートを上映している映画館は非常に少なく、関東でわずか5箇所です。
映画館に足を運ぶのが難しければ、Youtube で Chernobyl Heart を検索して頂ければと思います。
チェルノブイリ・ハート: 原発事故がもたらす被害の実態
チェルノブイリ・ハート: 原発事故がもたらす被害の実態

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