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チェルノブイリ事故の歴史をなぞる日本政府の基本政策

2011-10-02 | 震災・原発 | By: sorakuma


京都大学原子炉実験所がまとめた、『ベラルーシにおける法的取り組みと影響研究の概要』資料を、日本の地名に置き換えてみました。
当時起こったことと全く同じことが繰り返されています。

元資料:ベラルーシにおける法的取り組みと影響研究の概要

置き換えた部分を赤文字にしています。
年代の表現は消しています。
人数やBqなどの数量はそのままです。

* * * *

第1段階では,さまざまな不整合はあったもの、日本政府の社会的・経済的状況は,種々の施策を実施することが可能な状態であった.この段階でのもっとも大きな誤りは,放射能の危険について人々に知らせなかったことであるパニックが起きる,という意見は根拠のないものであった.事故の大きさに関する秘密主義のため,福島などの全住民にヨウ素剤の投与を実施する必要があったにもかかわらず,17万人しか行なわれなかった.ただ,初期の予防策と除染作業の問題については,移動式の装置,医療機器,衛生資材が不十分であったことを考慮すべきであろう.

第2段階においては,日本政府原子力安全・保安院により25以上の政令や布告が制定された.その内容は主として,1480kBq/m2以上の汚染地域に住んでいる人々への経済的支援と特典に関するものであった.こうした活動は,福島県の高レベル汚染地域から大量の人々が土地を離れ始めたことと関連していた.当時,“クリーン”な農産物の生産についての勧告は十分ではなかった事故当初の生産物は,30kmゾーンを除いて,すべて消費のためにまわされた.この段階では,本来は移住が必要だったにもかかわらず,経済的な支援策によって人々が土地を離れるのを防ぐという,間違った対策が実施された

第3段階を特徴づけることは,社会・経済的および政治的な不安定状態である.汚染地域では不必要な農産物が生産された低線量被曝にともない疾病が増加した日本政府の御用学者被曝の危険性を訴える研究者との間で“安全生活”に関する論争が表面化し,集会やデモが起き始めた.それでも福島をはじめとする汚染地は,日本全国に対し肉や畑の産物をめいっぱいに供給し続けた.汚染対策はもっぱら,除染と農産物中の放射能レベルを下げる農業技術へむけられた.555kBq/m2以上の汚染地域で,ガス暖房のパイプ,学校,病院が建設された.後にそれらの地域は厳しい放射能管理下におかれ,すべての社会・経済活動が停止することになる.


第4段階になると,福島原発事故に関するさまざまな問題は,総合的で明確な計画なしには解決できないことが明らかになった.そのような計画が立案され採択されたものの,いろいろな意味で遅かった.計画の内容を実施するために必要な資材がなかった.5カ年計画という発想もすでに時代遅れであったし,問題を解決するのに5年もかかるというのでは人々の支持を得られなかった.

第5段階では,政令や布告による方法から,法律に基づく施策へと大きな方向転換があった.法律「福島原発事故被災者に対する社会的保護について」と法律「福島原発事故による放射能汚染地域の法的扱いについて」が立案・採択された.最高会議の決議に従い,福島原発事故問題国家委員会が創設された.その委員長は,閣僚会議の副首相が兼任する.その後、福島原発事故問題国家委員会は組織替えになり,緊急事態・福島原発事故対策省となった.省の基本的な仕事は,福島原発事故の影響を軽減するための国家政策に沿って,住民の防護対策やその他の省庁によるものを含む種々の活動を統括・管理することである.政府の活動は,以下のように,事故影響低減に関連するすべての問題におよんでいる.

最も汚染された地域からの住民の移住
被災者への医療援助
移住者用の住宅建設と職場の提供
放射能管理システムの整備
最汚染地域の隔離
汚染地域の居住区でのエコロジー・衛生計画
事故影響に関する科学的研究の組織化,等々である.

* * * *

今の日本に置き換えても、全く違和感がありません。
ヨウ素剤が配布されず、経済を理由に人々の移住が行われず、被災地から汚染農作物が生産されていることも同じです。
汚染対策はもっぱら,除染と農産物中の放射能レベルを下げる農業技術へむけられたことも同じです。
政府の御用学者と、研究者との間の対立があり、国民がデモを起こし始めたことも同じです。
今が大体第3段階にあたるので、これから第4段階と第5段階が起きるのでしょうか。

政府は、マスコミを使って事態を過小評価し、事態は収束した!福島は除染でクリーンに戻った!と責任逃れをして人々を汚染地に送り返そうとしているあたり、ベラルーシの対応よりよほど悪質ですが、ここまではチェルノブイリ事故をなぞるように事態が進んでいるように見えます。

過去にこういった学ぶべき事例があったにもかかわらず、それを活かすことができないということも、それ以上に人命を無視した政策を続けていることも残念でなりません。

—-

こういった事態を見ると思うことが一つあります。
太平洋戦争で、アメリカが原爆を落とさなかった未来があったとすれば、日本はその後数十年にも渡って戦い続けていたのではないだろうか、ということです。
大本営発表では、どれだけ敗色が濃厚であろうと負けを認めることはありませんでした。『日本には資源がないから戦争が長引いた場合、不利になるだろう』こんな発言をしようものなら、皇国日本が負けると言うか!と非国民扱いとなり、逮捕されていた時代だったといいます。

今はどうでしょうか。
『福島原発事故は収束した』『放射能は体に悪くない』『福島産食品を食べて応援しよう!』
『学校給食を食べないのは非国民』『福島産牛乳を飲まないのは非国民』etc…

日本人の本質、とりわけ為政者の本質は、大本営発表を行っていた当時と何ら変わることは無いようです。
このまま日本人が『負け』を認めなければ、当時原爆が落ちてやっと戦争が終わったように、それに匹敵するような致命的な事件が起きるような気がしてなりません。
それは、浜岡や高速増殖炉もんじゅ、常陽や六ケ所村処理工場の事故や臨界かもしれませんし、国民の大多数が体調不良や心臓病、癌を発症し、医療費が破綻し経済が立ちいかなくなることかもしれません。

立ち止まることができない日本に対し、声を上げ、このままではいけない、と活動することが、今最も大事なことのように思うのです。

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