チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 Y・バンダシェフスキー教授[転載]
チェルノブイリ事故で有名な、ベラルーシの放射能汚染の影響を研究したバンダシェフスキー教授の論文の邦訳が、下記サイトに書かれていましたので紹介です。
チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 Y・バンダシェフスキー教授
http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/09/non-cancer-illnesses-and-conditions-in.html
バンダシェフスキー教授の研究により、セシウムによる低線量被曝が、身体にどのような影響を起こしうるのか、またどの程度の摂取量から引き起こされるのか明らかになりつつあります。
これを確認する限り、福島のみならず東日本、いえ、内部被曝の影響の著しい日本全体が非常に危険な状態になっていることが読み取れます。日本人という種そのものが危機に陥っているのです。
—-以降転載です。—-
チェルノブイリ事故による放射性物質で汚染されたベラルーシの諸地域における非ガン性疾患 ユーリ・バンダシェフスキー教授
ミコラス・ロメリス大学(リトアニア、ヴィリニュス)
生態学的な環境は人体に影響をあたえ、人間社会の発展を支える。世界で環境保護(そして人々の健康)に関してかなりの全体的進歩があったことを見ようともせずに深刻な環境問題を抱えている国々がある。その先頭を行くのが旧ソ連諸国である。旧ソ連政権は、西側諸国の軍事的・経済的発展に追いつき追い越せという願望のあまり新しい産業技術を導入したが、それは環境、ひいては人びとの健康に致命的な影響を残した。何よりもまず、ソ連による核実験について考える必要がある。
1960年代以降、ベラルーシ、リトアニア、ラトヴィア、エストニア、ウクライナ、ロシアにまたがる広範な範囲が放射性物質で汚染されたのがその直接的な影響である。これらの国に住む人々は放射性物質があることに関して何の情報も持っていなかったので、当然その影響から身を守ることができなかった。
ベラルーシにおける放射線と生態系にかかわる問題
1960年代初頭以降、これら旧ソ連諸国の住民が消費する食材から放射性核種セシウム137が非常に多く検出されている。[1]
チェルノブイリ事故によるベラルーシの汚染は有名だが(図1)[9/29訳注修正:図2.1の誤りか]、対してそれ以前に核実験の放射性降下物(フォールアウト)による汚染があったことはあまり知られていない。図2.2~2.4に旧ソ連における汚染の証拠資料をいくつか提示する。図2.2は、チェルノブイリ事故が起きる前の1960年代、セシウム137のレベルは非常に高かったが、1963年に大気圏核実験が禁止された後は着実に減っていった様子を示している。
たとえば、ベラルーシやバルト諸国の人びとが日常的に摂取する産品のうち、高レベルのセシウム137が含まれていたものの1つが牛乳である。[図2-3は]1967年から1970年にかけての「牛乳-セシウム 汚染地図」である。放射性核種セシウム137が最も多く観測されたのはベラルーシ共和国ゴメリ地方だった。
図2.1 1987年のベラルーシにおけるセシウム137の汚染状況
図2.2 村人たちの1日の食物摂取量あたりのセシウム137含有量(Marey A.N.ら、1974年)訳注:1ベクレル(Bq)=27ピコキュリー(pKu/pCi)
図2.3 1960年代ベラルーシのさまざまな地域における牛乳中のセシウム137含有量(pCi/l)
1986年のチェルノブイリ原発事故は、多くの欧州諸国の住民、とくにベラルーシ共和国の住民に対し、すでに存在していた放射性物質の影響をいっそう強めた。
チェルノブイリ事故後、1992年*のベラルーシにおける放射性核種セシウム137の沈着量を示す地図(図2.1、図2.4)[訳注:図2.1は1987年の地図である] は、1960年代のベラルーシにおける同様の放射性核種沈着の地図にほぼ符号している(Marey A.N.ら共著1974年)。1986年のチェルノブイリ事故後、ベラルーシなどの国の人びとの健康に放射線が与えた影響について語ることができるようになったが、これはひとえに西側諸国の大衆の関心が高まったことによる。
1986年4月26日のチェルノブイリ事故は、その規模と影響からみて人類史上最大の人災と考えられている。その社会的・医学的・生態学的影響は、詳細な研究を要する。ベラルーシは欧州全体で最大の被害をこうむった国だ。チェルノブイリ原発4号炉で起きた事故の結果大気中に放出された放射性物質の約70%はベラルーシ共和国の領土の23%以上に当たる部分に降下し、そこを汚染した。この地域では現在、子ども26万人を含む約140万人の住民が暮らしている。いまだに放射能汚染について大きな問題を抱えている地域が散見される。最も危険なのは放射性物質セシウム137とストロンチウム90を含む食材の摂取である。これらの放射性核種が内部被ばくに寄与する割合は70-80%に達する(バズビー&ヤブロコフ 2009年)。死亡率の上昇と出生率の低下により、1993年以降のベラルーシの人口は、2002年は-5.9‰、2003年は-5.5‰、2005年は-5.2‰と、マイナス傾向になっている。
図2.4 1992年のベラルーシにおけるセシウム137の沈着地図
図2.5 ベラルーシ共和国 住民1000人当たりの死亡率と出生率
図2.6 ベラルーシ共和国人口指数、1950-2004
図2.7 ベラルーシの各地方における住民死亡率の推移
図2.8 ベラルーシの死因構成、2008年[訳注:外部要因とは事故・犯罪死など]
ベラルーシの住民の死因のうち主なものは心臓病と悪性腫瘍である。最大死因である心臓病が統計的に有意な増加を示していること、中でもチェルノブイリ原発事故の後処理に関わった人びとの間で増加していることには不安を禁じえない(図2.9)。
食物から永久的・慢性的に摂取される状況下において、放射性核種セシウム137は甲状腺、心臓、腎臓、脾臓、大脳など、生命活動のために重要な臓器に蓄積される。これらの臓器が受ける影響の度合いは様々である。
図2.9 ベラルーシ共和国における心臓病患者数推移
図2.10 ベラルーシ共和国 住民10万人あたりの悪性腫瘍発生率
図2.11 ベラルーシにおける甲状腺がん新規発生数の推移
キー: 1 –心筋, 2 –脳, 3 –肝臓, 4 – 甲状腺, 5 –腎臓, 6 –脾臓, 7 –骨格筋, 8 –小腸
図2.12 1997年及び1998年に行われたゴメリ地方住民の死体解剖時の放射測定データによる成人(青)と子ども(赤)の臓器別セシウム137含有量
セシウム137の取りこみにより、高分化細胞の代謝障害と変性・類壊死性のプロセスが進行する。それらの傷害の重症度は、生体内および上に挙げた臓器内のセシウム137濃度によって左右される(セシウム濃度の関数である)。傷害プロセスの強度ともたらされる組織傷害は並行する。通常、いくつかの臓器が同時にその有毒な放射線の影響にさらされると、全般的な代謝障害が誘発される。注意すべきなのは、生理的状況下において細胞増殖が無視できるほど少ないか全く起きない臓器や組織(例:心筋)が最も被害をこうむることである。生体内に蓄積された場合、セシウム137は代謝のプロセスを阻害し、細胞膜の構造に影響を与えるとみられる。このプロセスは多くの生命維持に重要なシステムの組織的・機能的障害を誘発する。その主たるものが心臓血管系である。心筋における組織的・代謝的・機能的変異は放射性セシウムの蓄積と相関関係にあり、その毒性の影響を証明する。エネルギー産生系システムとミトコンドリア系システムが侵される。セシウム137の蓄積量が増えることによって細胞において重大かつ不可逆的な変化が起こると、類壊死のプロセスが発生する。エネルギー不安定性の影響でクレアチン・フォスフォキナーゼという酵素の抑制が表れる(図2.14)。
図2.13 45Bq/kg の放射性セシウムを取り込んだラットの心筋細胞中のミトコンドリアの集積 Uv.30000 [訳注:細胞内の縞模様の構造がミトコンドリアであるが、正常細胞よりも密度と大きさが増えている。]
キー: 1 – アルカリ性フォスファターゼ, 2 -クレアチン・フォスフォキナーゼ(р <0,05)
図2.14 実験動物の心筋細胞における酵素活性の変化(コントロールを100%として表示)
セシウム137の影響が最も激しく現れるのは、成長中の生体の心臓血管系である。小児の心筋における10Bq/kg以上の放射性セシウム蓄積は、電気生理学的な諸プロセスの異常をもたらす。1986年以降に生まれ、セシウム137による地表汚染が15Ci/ km2(訳注:55万5千Bq/㎡)以上蓄積する地域で継続的に暮らしてきた人びとには、心臓血管系の深刻な病理的変異を反映する症状と心電図異常が現れる。学齢期の児童では、放射性核種セシウム137の取りこみにより、心拍の障害をもたらす心筋の電気生理的な障害が引き起こされる。生体内の放射性核種量と不整脈発生率との間には、明らかに相関関係が見受けられた(図2.15)。
図2.15 ECG変異が見られなかった小児の割合。スペクトロメータによる体表面セシウム137量別。(バンダシェフスキー&バンダシェフスキー)
図2.16 -43歳のドブルシュの住民の心筋の組織像(突然死のケース)
心臓内の放射性セシウム蓄積-45.4Bq/kg びまん性心筋細胞溶解、筋線維間浮腫、筋線維断裂が見られる。HE染色。倍率125倍。
図2.17 900Bq/kgの放射性セシウムが検出されたアルビノラットの腎臓の組織像。空洞の形成をともなう壊死および糸球体の破壊、および尿細管上皮の壊死と硝子化変性、HE染色。倍率125倍。
症状はかなり臓器毎に特異である。図2.17は腎臓における影響を示している。微小循環系の組織構造が異なるため、放射線被ばくによる病理変化も臓器によって異なる特徴を示す。腎臓の放射性疾病でネフローゼ症候群が伴うことはごく稀だが、通常の慢性糸球体腎炎に比べて重く、経過が早いという特徴がある。後者の場合、悪性がしばしば早い時期から発症することが多い。2-3年のうちに放射性腎臓障害は慢性腎不全や脳卒中、心臓病などを併発するようになる。生体中に代謝性に蓄積し、それが心筋やその他の臓器に有毒な影響をもたらし、高血圧を発症させることに加え、腎臓の破壊は、セシウム137の主要影響の1つである。ゴメリにおける突然死の89%はこの種の全般的な臓器の破壊を伴っており、その状態は生前には記録されていなかった。また肝臓の深刻な病理的変化も重要である。肝臓において顕著な細胞蛋白の破壊と代謝性変容を伴う中毒性変性が進行すると、類脂肪物質が生成され、それが脂肪肝や肝硬変などの深刻な病理的進展をもたらす(図2.18)。
図2.18 40歳のゴメリ住民の肝臓の組織像(突然死)
肝臓への放射性セシウム蓄積-142.4Bq/kg
脂肪・蛋白変性、肝細胞壊死。HE染色。倍率125倍。
内分泌系もまた、取り込まれたセシウム137の影響にさらされる。 それから副腎も取り込まれたセシウムに影響を受けると見られる。コルチゾールレベルは体内セシウム濃度に左右される。母親の胎内(特に胎盤)に相当量の濃縮されたセシウム137が蓄積されていた新生児においては、コルチゾール生成の変異が特に顕著にみられる(図2.19)。これらの胎児たちは子宮に適応できないことでよく知られる。この影響は、セシウム137が与えられた母親を持つラットにみられる(図2.19、2.20)
キー:胎盤におけるセシウム137濃度: グループ 1 – 1-99 Bq/kg; グループ 2 – 100-199 Bq/kg; グループ 3– >200 Bq/kg.
図 2.19 -セシウム投与群(テスト群)、非投与群(対照群)にみられる母親と胎児の血液中のコルチゾール濃度
女性の生殖系の疾患は内分泌系統の異常で起きる。放射性セシウムはまた、妊娠可能な女性では性周期のさまざまな時期における黄体ホルモン-女性ホルモンのアンバランスの原因ともなる。これが不妊症の主たる要因となる。胎盤その他の内分泌系の臓器に取り込まれた放射性セシウムは、母親の生体にも胎児にもホルモン障害を増加させる。特にセシウム137の濃度が高まるとテストステロンや甲状腺ホルモン、血液中のコルチゾンの含有量も増加する。放射性セシウムにより母子の生体内でホルモンバランスが乱れると、妊娠期間が遷延し、分娩合併症と新生児の発育障害が増加する。母乳を与える場合、放射性セシウムは子の生体中に移行する。従って、母親の放射能が減った分、子の生体はセシウム137により汚染される。この新生児期にからだの諸器官が形成されるが、放射性セシウムは子の生体に対して極めて否定的な影響を与える。放射性元素の取りこみに最初に反応するのが神経系である。28日間オート麦を介して放射性セシウムを40-60Bq/kg投与したラットでは、脳の様々な部位、特に大脳において、モノアミンおよび神経刺激性のアミノ酸の生合成に顕著なアンバランスが起こる。これは平均致死線量(訳注:細胞の生存率を37%まで減らす線量。哺乳類では1~2Sv)あるいはそれを越える線量に被ばくした場合に見られる現象である。このことは自律神経の様々な障害に反映される。
図2.20セシウム137を投与された母体から生まれたラットの胎児
放射線汚染地域に住む児童に白内障が増加した件についても触れられるべきだ。この疾患の検出頻度は、他の疾患と同様に、生体内の放射性核種セシウム137の量と直接関係性がある(図2.21)。
図2.21 生体内のセシウム137(Bq/kg)の平均的なレベルとゴメリ地方ヴェトカ地区の子どもの白内障発症率増加の関係(ユーリ・バンダシェフスキー共著、1997、1999)
まとめると、長寿命の放射線核種セシウム137は、多数の生命維持に重要な臓器や身体系統に影響を与える。その結果、放射性セシウムの濃度に依存するプロセスとして高分化細胞が悪影響を受ける。エネルギー産出系統の破壊を基盤にしたこのプロセスは、蛋白の破壊へとつながっていく。この繋がりにおいて、セシウム137が人体に与える影響の特徴は、生命維持に重要な臓器や臓器系統の細胞内の代謝プロセスの抑制だとみられる。これは毒性組織(窒素化合物)の直接的な影響と効果、および心臓血管系の障害による組織発育の阻害とによるものである。セシウム137により人間や動物の体内に引き起こされる病理的変異をすべてまとめて「長寿命放射性物質包有症候群」(SLIR)と名付けることもできそうである。この症候群は生体に放射性セシウムが取り込まれた場合に表れる(その重症度は取り込まれた量と時間で決まる)。そして、その症候群は心臓血管系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、尿排泄系、肝臓系における組織的・機能的変異によって規定される代謝障害という形で表れる。SLIRを誘発する放射性セシウムの量は年齢、性別、そしてその臓器の機能的状態により異なる。子どもの臓器と臓器系統では、50Bq/kg以上の取りこみによって相当の病的変化が起きている。しかし、10Bq/kg程度の蓄積でも様々な身体系統、特に心筋における代謝異常が起きることが報告されている。
結論
チェルノブイリ原発事故から23年、長期間に渡って放射性物質に汚染された地域に生活しこれらの放射性核種を摂取してきたベラルーシ共和国の住民たちは、心臓病と悪性腫瘍の発症リスク増加に見舞われてきた。これらの病気が事故後23年間着実に増加し続けたことにより、住民の死亡率が出生率を2倍以上上回るという、人口統計上の大惨事といえる状況がもたらされた。現在の状況は、チェルノブイリ事故の被害を受けた地域に暮らす市民の健康を守るための対策を速やかに講ずるための国レベルおよび国際レベルの決断を必要としている。
[1] (Marey A.N. 共著 1974年、ルシャーエフA.P.共著 1974年、テルノフV.I., グルスカヤN.V. 1974年).
翻訳:田中泉 翻訳協力:松崎道幸